吉川すみの北京アナウンス日誌

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②「笑えるひとびと」   05年6月 

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※留学生版TOKOTOKO 2005年6月号  許可を得て掲載しています。
     

笑えるひとびと    ~みなみなさまに感謝をこめて~ 

北京の留学生活。 早いもので今学期もあと残り1ヶ月余。
友人の多くは、この夏でそれぞれ国に帰り、皆で集まってただ一緒に時間を過ごす。特別なものはなくても一緒にいる。そんな時間はどんどん少なくなっていくと考えると、少々切なくなる今日この頃です。
そこで今回は、人間味溢れる我が愛すべき老師、クラスメイトをご紹介すると共に、中国独自の歴史についてちょっと感じた事などを、つれづれなるままに。。。

人民大学漢語班、我らが「楊存田 老師」は、とにかくっ スゴイ。 
何が凄いかというと・・・


①まず声、身振りが大きい。そして強い。
アナウンサーも驚きの腹式呼吸で繰り出される中国語は、例え内容がティンブドンだとしても、その動作を見ているだけで笑える。 ある時、一番後ろに座っていた男子が居眠りをしていた。老師は発見するや否や「おおっ!なんと岩岡がねむっているよぅ!」と大きい声のボリュームを更にあげ彼を起こすと共に、その後ずっと「眠る生徒は非難の対象となりえる」など、文法解説の例文を居眠り批判にあてていた。一同苦笑い。
以後眠るものはただの一人としていない。 


②議論じゃ負けない 自分の意見をしっかり持つべし
私達のクラスは8カ国ほどの学生が集まっており、しばしば国家間の関係などについても議論が交わされる。
この前はモンゴルの留学生が「なぜ内蒙古自治区は、中国なのか」と発言し、中国側(老師のこと)と熱く意見が交わされていた。この他、ロシアでは「ふるさとは愛すが、弱体化を招いた政府は嫌い」こんな考えが流行しているとモスクワ大学の学生が話していた。毎日は「へー へー」の連続である。
勿論日中関係についても質問される。最近とくに自分の意見をしっかり持つことの必要性を知る。


③教師歴30年の大ベテラン 時代をみつめる生き証人  
「北京大学 中文学科卒業」
素晴らしすぎる学歴を持つ楊老師だが、文化大革命のとき、20歳前後のうら若き、勉強したい盛りの青春時代5年間を農村で過ごした。この間、本を読むことはもちろん許されず、朝から晩まで畑の仕事に従事していたそうだ。 また大学入学後は、朝から夜中まで「毛主席思想」や「マルクス経済学」などを勉強したが、改革開放とともに、その内容は大きく変わった。自分が信じて学んだものがある日を境に変わっていく、当事者はどうかんじるのだろう。聞いてみると、「当然的事」との即答。時代が変われば考え方も変わると老師はいう。これ以外にも、89年の事件など、質問すれば当時の様子を、自身の経験をもとに話してくれる。

ううむ、深いっス。
生徒の疑問に、誠心誠意こたえてくれる、情熱がビシビシと伝わってくるのです。
ちなみに。授業中はこのように話が脱線しまくるので、ちっとも教科書は進みません。
でもこれらの話は文法解説よりも、数百万倍の価値があると、我おもう。


④キュートです   
作文の宿題を提出すると、いつも恐ろしいほど(本当おそろしい)真っ赤になって返ってくる。
宿題は多く、しかも担当クラスも多いので、採点すべきは相当数にのぼる。よって自宅でも毎日、毎週末、宿題の採点をしているそうだ。しかも30年間ずっと変わらず。  
また生徒との交流も大切にしていて、楊老師の担任クラスに入ってからは、皆と一緒に食事をする機会が格段に増えた。4月のある日、イタリア人友の誕生会が後海のバーで開かれたとき。夜遅いスタートにも関わらず参加して下さり、「お酒飲めないわー」とアイスミルクティを両手で持ち、チュルチュルとすする姿は、可愛らしい事この上なし。また、愛するご主人の話をする時は心なしか頬が紅くなる。ううん なんともキュート!
結局この日は夜中の0時すぎまで付き合ってくださいました。 


<写真>
③クラスの皆で、雑技などが無料で楽しめるレストラン「大宅門」に行きました 
伝統芸能?「面変」にも負けない顔作り いかがでしょう? 決して女を捨てたわけではありません 
(大宅門は対外経済貿易大の近く 朝陽区恵新北里3号  tel:6495-2166 1人30元位~)
④関係ないけど。人民大各建物の一階には「静」の看板がある。 迫力満点 でも効果なし

正直私は、いま通う大学が好きになれずにいた。
人民大学に通っているのは奨学金で指定されたから。留学を決めた理由のひとつに、大好きな胡同の近くに住みたいというのがあった、大学周囲にはその影はなく、ただ巨大なビルとだだっ広い環線道路があるのみ。目がシバシバするほど空気は汚れているし、しかも寮のベットはかまぼこの板のように硬い。(これはウチだけでない)
しかし、このように人間味溢れる先生と出会え、各国の留学生と密度の濃い時間を一緒に過ごせるということ。この経験は、今後振り返ったときに、大切なそして何事にも変えがたい大切な宝物になるのだろうと思う。


最後に。。。
中国独自の歴史といえば、北京最大の骨董品フリーマーケット「潘家園旧貨市場」(北京東南部)に行った時のこと。「纏足(てんそく)」用の靴が売っていた。 ち、ち、ちいさっいっ!こんなんで人間歩けるのか?
ここで売っている品の大部分はニセモノであるが、写真中央の黒い靴は、間違いなく使い古された本物。値段も「最低600元」とのこと(勿論交渉すれば値は下がる)。しかし10センチほどの小さな纏足用の靴を目にすると驚きを隠せない。気になって調べてみると、纏足の歴史は千年以上も前にさかのぼり、1949年正式に禁止されるまでずっと続いてきたそう。その作り方など詳しくは、いたいたしくて、ここで述べないが、もし私がその時代中国に生まれていたら、同じような道をたどったのだろうと想像するしてみる。


教室で学び、外に出かけて疑問を持つ。また聞く。
この繰り返しができる今の留学生活は本当に貴重。でも永遠に続くものでないと分かっているからこそ、
大切だと感じるのかもしれない。


次回は、たび、タビ、心の旅をリポートします。

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コメント

おおっ!
見てました!五道口で!

懐かしい!

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