3 星野ジャパン優勝! 野球会場にも行くの巻
日本が野球で優勝しましたね。おめでとうございます。嬉しいですね~
しかし日本が中国で試合をし良い成績を残しても、残念かな観客からの拍手は
とても少ないです。
これから これから!
北京五輪のプレ大会が、来年6月まで順次42項目行われます。
老山自転車競技場から駅で2つ、五ke村の駅から歩いてすぐの野球場にも行きました。
私たちが行った21日は大会中日で試合はなかったのですが、
現地では3日前からチケットが売り出されていると聞いたので、
決勝のチケットを買おうと思っていました。
がっ! (こればっかり)
人がいなかった!
大会中日はチケットを売る人も休んでいた!
さすが中国。 なんじゃそりゃああああああああ と友と叫びました。心の中でですけれど。
運転手さんもよくわからなかったようで。
タクシーを降りた場所はチケット売り場の正門から正反対の位置でした。
ぐるりと20分以上歩きました。でもチケット売り場は見事に閉まっていました。
切なかったです。
敷地内には球場が二つ。予備の為でしょうか?
五輪のときは2つ作らなければいけないのかなぁ・・?
(ご存知の方がいらっしゃったら教えてください)
外野席は屋根がないので、日差しがガンガン照りつけていました。
来年の8月もとても暑いことが予想されます。五輪の試合を観にいくという方は
しっかり帽子をかぶって応援してください。めちゃくちゃ暑いです。
大陸の強い日差しをなめてはいけません。
ここは隣に体育館も造っていて、一大スポーツ公園となりそうです。
よくそんな土地があったなぁ しかも中心部からそんなに遠くない場所にと思いました。
メインスタジアムの鳥の巣といい、奇抜な目立つ建物が多い北京の五輪会場でした。
鳥の巣の前を時々通りますが、ほぼ完成しています~
※追記 lingziさんが疑問に答えてくださいました。多多謝です!
工事用のフェンスに描かれた完成図を見たら球場は3つ並ぶようです。
野球のあまり普及してない北京では、
予選からすべてここだけでこなそうということなのでしょうか?
しかも五輪が終われば球場は取り壊しだそうです。 →もったいない!
チケットは中国の決勝進出が決まった22日の午後に売り切れたようです。

コメント
初めまして、私はペンネームU-NAOKIと申します。いつも吉川すみさんのブログを楽しく拝見しています。私は中国の大連、北京、旅順、瀋陽、撫順、海南島へ行ったことがあります。そして撫順出身の妻と結婚しています。私は中国は大変素晴らしい国だと思っています。最初に中国に訪れたのは、仕事関係の会の旅行で大連、北京への旅行で訪れたのが最初でした。私が中国という国に興味を持ったのは、私が中学校2年生の時に親戚の人で中国残留日本人孤児の人が見つかり、永住帰国を果たして、妻、子供を連れて日本へ来た時が最初でした。その時中国の色々な話を聞いた中で、永住帰国を果たしたその当時の中国での状況かも知れませんが、「日本から中国へ手紙を出す時は、日本人の感覚なら自分で財布の中からお金を出して切手を買って、中国へ手紙を送るかも知れないが、中国人が中国から日本へ手紙を送る時は、半日働いて切手を買うお金を稼いで日本へ手紙を送らないといけない。」
と言われた事を今でもはっきりと覚えています。私はその時は大変な思いをして長い間中国で生活をしてきたのだなと思いました。後で分かった事ですが、私の親戚は旧満州の色々な場所をソ連軍の逃避行を続け、養父母が6人変わったそうです。丁度数年前にNHKのテレビドラマで放送していましたが、山崎豊子原作の中国残留日本人孤児をテーマとして執筆されて、仲代達矢さん、上川隆也さんが共演された「大地の子」さながらの生活であったと思います。私もこのドラマは何度も見ました。 また、以前から持っていた本で、「再会」中国残留孤児の歳月(山本慈昭、原安治、共著)という本を読み、これは長野県下伊那郡阿智村の長岳寺の住職の山本慈昭さん自身が阿智郷開拓団として中国へ渡り、子供を中国に置き去りにしてこなくならなっかた事になり、後に自分の子供が生きていることが分かり、外務省や各関係省庁に掛け合って探して頂くようにお願いしても、なかなか取り合ってもらえず、やがて長年の懸案事項であった田中角栄元首相による日中国交正常化が成立した事により、中国の国内や、日本でも中国残留日本人孤児を探すという機運が高まり「第一回日中友好手をつなぐ会訪中団」を作り、日本各地より中国へ子供を養父母へあずけて来た人や、置き去りにしなければならなっかた人々を募集して、旧満州を孤児探しの訪中した時の様子を書いた本や、その訪中団を取材した「NHK特集、再会、35年目の大陸行」のビデオをNHKサービスセンターより注文して見ていましたが、その当時の孤児の苦労した様子が描かれていました。孤児の養父母は孤児に対して、理不尽な育て方をした養父母もいたようですが、戦後35年が経過して孤児が一人前の大人になるまで育てた養父母が、中国の東北部には今でもたくさんの人々がいます。そして中国人民は全く見ず知らずの子供を育てる心の温かさを持っている人民が大勢いるのです。又、NHKの番組で見ましたが日本人であるにもかかわらず中国の大地に骨を埋める覚悟で、中国人として生きていく道を選択した孤児もいるようです。又、私の親戚の、その妹さんも同じ中国残留孤児で、その方は今でも撫順に住んでいますが、一度子供達と一緒に日本へ来たことがあり、その時が中国へ関心を持った事の始まりでした。私も子供達と一緒に遊んだ思い出がありますが、とても元気に遊び回っていましたが、その時感じた事は「何て素朴な子達なんだろう」と思った事でした。その事がきっかけで色々な中国の話を聞くうちに興味と関心を抱くようになったのが最初でした。
富山空港から大連週水子国際空港へ到着し、中国の大地へ降り立った時、長年の夢がかなったような気がしました。大連の街並み、北京の万里の長城を訪れ、天壇公園、天安門広場や人民大会堂へ来たときなどには、中国へ旅行した理由のもう一つの目的であった、昭和47年に当時の田中角栄元首相が、日中国交正常化結んだ足跡を追う事も一つの目的でした。私は「あの田中角栄元首相が毛沢東主席、周恩来首相と共にマオタイ酒を酌み交わし、日中国交正常化を結んだ処だ」と深く感動したものでした。そして結婚の時に中国へ訪れた時は、大連から瀋陽までの汽車の旅でしたが、車窓から眺める風景は壮大であり、昔の満州事変により開拓団で日本全国から旧満州へ渡った人々の気持ちが充分に伺える程の広さでした。長旅を労うかのように、妻の両親や大勢の親戚が私達を出迎えてくれました。私は最初、中国の年配の人は日本の関東軍の事を思い、「日本人を良く思ってはいないのではないのか」と思っていましたが、そんな心配は一切無用でした。親戚の中国残留孤児の人も撫順へ来ていたのを知っていたので、働いていた撫順の炭鉱へ行き、私の親戚のみならず、中国の大地へ残らなければならなっかった孤児や、不幸にも命を落とした開拓団の方々全ての人々の苦しみが思い起こされてならなっかったのです。
また、そして私が日本から用意して持っていった品物を妻の両親に差し上げました。それは、日中国交正常化の時に毛東沢主席が田中角栄元首相に贈られた、「楚辞集注」という中国の漢詩の詩集でした。本物は新潟県の田中角栄記念に展示してありますが、それはある新聞社が復刻版として発行した物であり、私がコレクションとして持っていた詩集でした。特に妻の父は中国の歴史や本に興味があり、大変喜んでいた事が目に浮かびます。
私は結婚式の前日に不覚にも風邪をひいてしまい、病院で点滴をうっていましたが、妻がずっと看病してくれました。中国では、家族や親戚が病気で入院すると日本人以上に看病するようです。私は妻の心の純粋さに魅力を感じて感動して結婚する事を決めました。そして日本へ一度帰国して、再度中国へ訪れる機会がありましたが、その時は1月で中国の東北部では氷点下20度位の寒さとなるため、妻の母が私を気遣って暖かいズボンを縫ってくれたのでした。私は中国人民の心の温かさに触れるにつれ感動を味わう日々でありました。
今、日本にいる私の妻が言います。
「日本では子供が親を殺す事件があるが、中国では考えられない。」
と言うのです。私は中国人民は自分が今まで苦労して育ててくれた両親に感謝をする気持ちがとても強いと思います。そして私が先日テレビを見ていて感じた事ですが、中国の農村部に生活する子供の小学校の授業の様子でしたが、確かに北京などの大都市と比べて不自由な生活を送っているとは思いますが、学校で授業を受けられる喜びを感じているのか、子供の目が生き生きと輝いているではありませんか。今の日本人の小学生は義務教育であるため、そのような目をして学校へ通う子供がいない訳ではありませんが、少ないような気がしてならないのです。
しかし、これは私の個人的な考えであるかも知れませんが、今の日本人の一部の人々は、中国人に対して偏見の目を持っているような気がしてなりません。日本に入国してくる一部の人々の様々な犯罪や、中国での反日運動によって、確かに悪い中国人民もいるとは思います。でもそのような思想を持つ中国人民は約13億の人民のほんの一部の人々でしかないと思いまし、大勢の心の温かい人民がいる事も事実なのです。最近日本では、永住帰国した孤児の日本での生活保護の保障が満足に受けられない事があるようです。私は孤児の苦労を少しではありますが、知っているだけに納得がいきません。私は孤児の人々の生活保障を良くして頂きたいと願う国民の一人であります。
吉川すみさん、是非お願いします。あなたも私と同じく中国は大変素晴らしい国だと思っているはずです。ブログで今まで以上に中国人民の素晴らしさや心の豊かさを日本の人々に伝えてほしいのです。そして中国の色々な所や、日本人が楽しめる観光地をたくさん画像で紹介して下さい。そうすれば日本人の偏見が少しでも払拭されるのではないかと思っています。最後に文章的に少し表現のおかしい部分や、内容が暗くなってしまった部分があるかも知れませんが、また吉川さんの楽しいブログをいつも心待ちにしていますので、突然このようなメールを送信させて頂いた事を、お許し下さいますようよろしくお願い申しあげます。
投稿者: u-naoki | 2007年08月24日 10:36
吉川さんのブログとあまり関係がないコメントを送付しましてゴメンナサイ。
投稿者: u-naoki | 2007年08月24日 10:46
決勝戦の観戦記を期待してたのに、また「がっ!」だったのですか。(笑
あたくしはあきらめ悪く、結局チケットのあてもないのに現地に行ってしまいました。ダフ屋との交渉も経験のうちだぁ!と息巻いて行ったのに逆にダフ屋(?)から券はないかと聞かれる始末。
あの観客席数ではチケットの絶対数が少ないのでしょうね。
工事用のフェンスに描かれた完成図を見たら球場は3つ並ぶようです。野球のあまり普及してない北京では予選からすべてここだけでこなそうということなのでしょうか?しかも五輪が終われば球場は取り壊しだそうです。
かように中国人民には馴染みの薄い野球ならもしや当日券も、と思ったけど、中国の決勝進出が決まった22日の午後に売り切れたようです。
投稿者: lingzi | 2007年08月24日 12:42
U-naoki様
以前事務所にも連絡いただきましたよね。有難うございました。
投稿者: sumi | 2007年08月25日 11:50
lingziさん
すごい アクティブ!でもチケット買えず、残念でしたね。お疲れ様でした!
そして質問に答えてくださって有難うございます。本文にひっそり追加してみたのですが、問題あったら又ひっそり削除します。大丈夫でしょうか??
投稿者: sumi | 2007年08月25日 11:52
没问题吧!
投稿者: lingzi | 2007年08月25日 21:51