自ら希望していたスポーツ取材。
でも想像以上にハードで、これまた「辞めたい」と思うことが多くありました。
静岡はサッカーどころ Jリーグの話題がスポーツコーナーの8割以上でしたが、
私は、、、「ボランチ、3バック。何???」という状態。
選手の顔と名前も一致せず「Jリーガーは遊び人で怖い」なんて
勝手なむしろ悪いイメージを持っていました。
そんな状態でのスタートだったので体験すること全てが初めて。
分からない事だらけ、失敗だらけでした。
例えば現場では 記者の間で囲み取材を誰が仕切るのかとか
試合後のインタビューはペンが先でTVが後、など暗黙のルールがありますが、
私は全く分かっていなかったので随分ひんしゅくを買っていたと思います。
で いざ練習を見ても試合を見ても
何 がポイントになるのか分からない。
「(今日の試合は)どうでしたか?」なんて。
どう?ってそんな漠然とした質問されても、
選手も困ってしまいますよね
藤田俊哉選手はよく取材に協力して下さいました。
ジュビロ選手の場合は静岡局ではなく
浜松報道室から中継、という形でした。
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自分自身が何を聞きたいのか分からないので
「とにかく何でもいいからカメラに向かって話してくれー」と心の中で叫ぶ毎日でした。
代表インタビューの時は さらにプレッシャー。
中には(中には。。ですよ)愛想のよくない記者の人もいて
どう上手く付き合うかも大きな課題でした。
人付き合いという面では、自分の会社でも一緒。
ロケの時など4、5人で動くので、テレビクルーは特にチームワークが必要になりますが
私はあるカメラマンと仲が悪く、常に喧嘩をしていました。
きっかけは些細なことでしたが 徐々に「生意気」と判断され、
部長に呼び出されたこともありました。
こんな状況を打破せねば!
解決策として、まず私はとにかくグラウンドに通いました
多い時は1週間に4日ぐらい。
| 自宅では新聞、雑誌を読みあさりるなど、
とにかくサッカー漬けの毎日を送りました
(電車の中でスポーツ新聞やサッカー雑誌を広げていると 周囲の白い目を感じましたが。。)
ヴィッセルの清水合宿で。
憧れだったカズ選手にインタビュー。
たまにはこんないい思いもアリでしょう
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スポーツキャスターといえば何となく聞こえがいいけれど
実際は肉体的にもハードでした
極度の冷え性の私は 冬は「貼るカイロ」を体中常に7個つけて臨んでいましたし、
夏は当たり前ですが、日焼けをします。
しみ・そばかすが気になっても、当然日傘なんてさせる訳もありません。
スポーツはプレーする側もハードですが、取材する側もこれまたハードなんですね。。
続く |