| 「なぜNHK辞めたの?」 オーディションの場面でもよく聞かれる質問です 答えは。。。「もっと上を目指したかったから」
入局してすぐ「2002年のワールドカップでキャスターをしたい!」とずうずうしくも思っていた私
静岡で仕事を続けていれば、大会に関わることはできたとしても
試合当日,私のようなペーペーはメインの試合取材は出来ないと感じていました。
マスコミ各社に振り分けられる通行証・パスは、実況班を除くと2,3枚で
おおよそ東京のスポーツ班記者の方に配分されます。
加えて、将来 結婚しても何が起きようとも(ちょっと大げさ?)
一生アナウンスの仕事を続けたいと思っているので
生まれ育った東京圏で、一日も早くフリーランスとしての基盤を作りたかったのです。
年齢的なものもあるし、三年ひと区切りだわ、などとの思いから今しかない!と
NHK3年目の10月そうそう、放送部長に「3月で卒業します」と話をさせてもらいました。

●03年7月に静岡に遊びに行きました ●すごく楽しそう
生放送後 平山キャスター・長野アナと
でもここからのおよそ5ヶ月は精神的に不安定。
勢いよく辞めると言ったはいいものの、東京での仕事も、所属事務所も決まっていません。
年が明けた1月には、アナウンス室の紹介で
東京のオーディションをいくつか受けさせてもらいましたが、 見事玉砕。
今、アナウンサーは人気があるので、受け入れてくれる事務所を探すのも高倍率です。
事務所がなければ当然オーディション情報も入ってきません
ワールドカップどころか、収入の見通しもなく、のたれ死ぬかも知れない
正直、はやまったか?と思っていました。
しかし3月の1週目・辞める3週間前にチャンスが巡ってきました。
知り合いが「スカイパーフェクTVがW杯の韓国現地キャスターを探しているよ」と
紹介して下さったのです。
憧れのW杯!
私は気合入りまくりで、午前中ジュビロ磐田のインタビューを終えた後
ダッシュで新幹線に飛び乗り、スカパー本社のある東京お台場へ向かいました。
オーディションは3対1で行われ
「これまでどんな仕事をしてきたのか」「韓国は行ったことある?」といった内容。
私は大学時代のソウル貧乏旅行のことを思い出しながら、すんなりと気負うことなく
そしていかにW杯の仕事がしたいか熱く伝えることが出来たと思います。

●思い出深い日本平スタジアム ●ロケでは本当に沢山の方にお世話になりました
それから、2時間後。朗報が届きました!
その嬉しさと言ったら! 同時に所属事務所も決まり、ダブルの幸せ!!
今回もぎりぎりでしたが、捨てる神あれば拾う神ありです。本当良かった===
NHK一年目、あまりの下手さに私が出演するたびに苦情の電話がかっていたそうです。
静岡の人達に3年でそのお返しが出来たとは到底思えませんが、
今後活躍して、その成長した姿を見てもらおう! そう心に誓ったのでした。
☆☆ Sumiの何の役にも立たないであろうアドバイス ☆☆
目標を口に出してまわりに伝える
こういうことがしたい こうなりたい
周りに相談したり話したり。
これが希望の仕事を手に入れることが出来た理由の一つかもしれません
以前からタジアムで知り合った同業他社の方に
W杯で仕事がしたいなどと話していた所、
たまたまオーディション情報を手に入れることが出来ました。
口に出すのは少し恥ずかしい気もしますが
言ったからにはその言葉に責任を持たなくては、という気になります
逆に、表現をしなければ、周りはなかなか気づいてくれませんものね。
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